結局のところ、保育園などの保育サービスの需要は今後減るのか増えるのか?主要な推計を比較してみました。

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 おはようございます、ほづみゆうきです。待機児童の話題を引き続き継続してお送りします。いつまで経っても待機児童の問題が解消しない原因として、そもそも若者・子育て世代が投票に行かないことによって政治的な重要な問題として扱われず、その結果として予算が付きにくいのではないかという点について前回は述べました*1。もう1つ有力な原因は、少子化によってそろそろ保育園などの保育サービスの需要はピークアウト(頂点に達して、それ以上上がらないこと)するだろうから、近い将来に不要となる施設を自治体はできる限り作りたくないという点でしょう。本当に、近々保育サービスの需要は減るのでしょうか。今回はこの点を検証するために、今後の保育サービスの需要推計について調べてみました。まずは、今回の記事で将来の保育サービスの需要に関する主要な推計をそれぞれ挙げて、その妥当性について評価を行います。そして、後半として次の記事で自治体レベルでの需要推計について取り上げます。

 

需要を測ることの重要性

 まずはじめに、サービスの需要を測ることは重要性について。これは保育サービスに限った話ではありません。将来的な需要を過小に見積もることは、さらなる待機児童の増加、それによる女性の社会進出を阻むこととなります。これは現時点においてまさに起きていることです。他方で、需要を過大に見積もってしまうと不要である施設や人員を抱えることになって国や自治体の財政を圧迫することにもなりかねません。

 今保育サービスの量を増やせと声高に主張している人たちだって、無制限に増やせと言っているわけではないはずです。したがって、今後の保育サービスの整備にあたっては、需要の推移を正しく推計した上で適切な量の整備が行われる必要があります。

既存の保育サービスの需要推計

 ということで、今後の日本全体における保育サービスの需要について3つの推計について紹介し、その後にそれぞれを評価します。調べるのは以下の3つの推計です。

・政府による推計

野村総研による推計

日本総研による推計 

政府による推計

 政府が提示している保育サービスの需要推計は、2017 年 11 月 29 日の「子ども・子育て会議」で提示された 2023年に 295万人という数字です*2。この 295万人という値は、2023年時点での未就学児童数 の見込みである551 万人に独自算定の「利用申込率」53.6%を掛けたものです。そして、この295 万人から2018年時点での見込み整備量である263万人を差し引いたものが、政府の言う必要な整備量の 「32 万人」です。当初は2023年に実現する計画でしたが、政府はこの計画を前倒しして2021年に実現することを目指しています。

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野村総研による推計

 次に、野村総研が2017年に主張した需要推計で、保育サービスの不足数が「88.6万人」という数字はそれなりに話題になりました。野村総研は2020年までに必要となる保育サービスの需要は377.8万人としています。この377.8万人は、政府目標である「25歳〜44歳の女性就業率77%」を実現するために必要となる整備量であり、2020年時点での未就学児童数570.5万人に子育て中の女性の就業率の目標値である73%を掛けたものです。そして、この377.8万人から2018年時点での見込み整備量である289.2万人を差し引いたものが、野村総研の言う必要な整備量である「88.6万人」です*3

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 なお、細かい点ですが2018年時点での整備量の見込みが政府の試算では263万人、野村総研の試算では289.2万人と大きく乖離していますが、これは政府が「子育て安心プラン」における推計、野村総研が「待機児童及び待機児童解消加速化プラン」における推計を用いているためです。

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 この推計には続きがあります。2018年6月に再度最新の数値を利用した上での推計が行われており、こちらでは2023年度までに「59.9万人」となりました。控えめになったことで、それほど話題にもされなかった印象です*4。 

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日本総研による推計

  最後に、日本総研による需要推計です。この推計は、国立社会保障・人口問題研究所の地域別将来推計人口による未就学児童数の推移と子育て中の女性の就業率の推移を元に、2015年から2040年までの保育サービスの需要を推計するものです*5。女性の就業率の推移については、2040年にOECD平均レベル(0-2歳で53.2%、3-5歳で66.7%)になる場合を「就業中位」、2040年にデンマークレベル(0-2歳で75.8%、3-5歳で79.9%)になる場合を「就業高位」としています。

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 この試算では2020年時点での保育サービスの需要は就業中位では254万人、就業高位では273万人です(出生率はいずれも中位の場合)。就業中位の場合の需要は2040年までほぼ横ばいですが、就業高位の場合には年々上昇し、2040年には334万人となります。

需要推計に対する評価

 これまでに挙げてきた3つの推計の妥当性を評価するために、これらの推計値と未就学児童数の推計 、直近3年間の保育サービス定員数 、保育サービス需要をプロットしたのが以下のグラフです*6。このグラフをもとに、それぞれの推計の妥当性について評価していきます。

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政府による推計の評価

 政府の2021年時点での需要の試算値は、直近4年間の実際の需要のグラフの軌道と概ね一致しています。現状と同様のペースで需要が増え続けるとするならば、2021年度時点での需要は政府案の推計とほぼ合致すると思われます。独自算定の「利用申込率」53.6%には否定的な意見もありますが、この値は将来的な需要増も見込んだ値である。「利用申込率」を直近3年間における実績で算出してみた結果が以下のとおりで、2018年度でも44.45%です。つまり、2017年時点から10%弱の需要増を見込んでいるわけです。

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 ただし、2021年以降の需要の推計を明らかにしていない点は問題です。この32万人の増加によって政府は待機児童の問題が解消すると考えているように捉えられますが、そこから減少するという根拠は何もありません。上記のグラフのとおり未就学児童数は年々減少していくものの、女性の就業率の向上などの理由から「利用申込率」は上昇傾向にあり、この「利用申込率」が上昇し続ける限り保育サービスの需要は伸び続け得るためです

野村総研による推計の評価

   野村総研が2017年に発表した推計値は、2015年から2018年までの保育サービスの定員数と需要の推移と比較すると大きく乖離しています。現実問題として、これほど急激に需要が膨らむことは考えにくいでしょう。この推計では女性の就業率が2020年時点で73%になることを前提としているが、この時点で73%まで上昇することは想定できないためです。年々女性の就業率は上昇しているため、いずれは政府目標となっている73%に達するにしても、その一方で未就学児童数は減り続けることから、将来的にも377.8万人という定員数が必要になる可能性は低いです。
 そもそも、この推計は今後の保育サービスの需要を推計するものではなく、あくまで女性就業率の政府目標を実現するためにはどの程度の保育サービスが必要なのかを主眼としたものであり、政府による試算と同等の条件のもとでの推計です。そして、その推計は直近の推移からすると現実的な数字ではありません。
 なお、2018年に公開されたデータはもう少し控えめな数字になっていますが、これも同様に現実的な数字ではありません。

日本総研による推計の評価

 日本総計の就業高位の場合の推計値は、直近4年間の保育サービスの需要の推移からすればやや需要の上昇の幅が低いものの、女性の就業率の増加の割合も野村総研の値ほど極端ではなく、実際の増加の割合とほぼ同じ軌道を描いています。将来的に出生率もしくは女性の就業率が大きく上昇しない限り、2040年までこの推計とほぼ同様に推移すると考えられます。なお、2040年時点での需要推計は就業中位の場合で283万人、就業高位の場合で353万人です。

 一方で、就業中位の場合の推計値は実際の需要の推移よりも低くなっています。しかし、この場合であっても保育サービスの需要は2040年まで減るどころか、むしろ増え続けている点は重要なポイントです。この推計では2015年時点では607万人いた未就学児童が460万人にまで減少することになっていますが、それでも女性の就業率が現状からOECD平均レベル程度にまで上昇することで2040年まで保育サービスの需要は減らない(むしろ増える)のです。

まとめ

 今後の保育サービスの需要推計について、ここまで述べてきた内容を整理すると以下のとおりです。

1) 政府による試算である2021年までに32万人には直近3年の需要の推移と概ね一致している。ただし、今後の需要の推計については示されていないので明らかにされる必要がある。
2) 野村総研による試算である377.8万人ほどの需要が生じることは考えにくい。前提が異なるため、政府による試算の32万人と比較するのは誤りである。
3) 今後の保育サービスの需要は、日本総研による試算のとおり上昇し続ける。女性の就業率がOECD平均レベル程度までしか上昇しないにしても、2040年まで需要が落ち込むことは考えにくい。

 タイトルの疑問、つまり今後保育サービスの需要は増えるのか減るのかという問いに対しては、未就学児童は今後徐々に減っていくものの、女性の就業率の向上を背景に日本総研が試算したとおり今後も保育サービスの需要は伸びていくだろう(少なくとも減りはしないだろう)というのがグラフから読み取れる結果です。

 それでは、今後も気にせずどんどん保育園を作っていけば良いではないか!と思われるかと思います。しかし、必ずしもそうではないというのが難しいところです。というのも、 日本全国という枠組で考えればすでに保育サービスの定員は余りつつあるためです。以下のグラフは全国の保育サービスの定員数と利用児童数の推移です。2018年度時点での全国での定員充足率は93.55%であり、定員に対して6.45%の空きがある状態なのです。そして、それにもかかわらず、次のグラフが示すように待機児童数はそれほど減っていないのです(むしろ2018年が例外で、その前の2014年から2017年は増加傾向にありました)。

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 現時点で多数の待機児童が生まれている一方で、さらに今後も需要が広がるであろうにもかかわらず定員が埋まらないという現象はなぜなのでしょうか。このカラクリは、先に種明かしをしておくと地域によって今後の需要が大きく異なっており、それに沿った整備がなされていないためです。次回は、この自治体ごと保育サービスの需要の差異、そしてこの状況下において何に取り組むべきかについて掘り下げていきます。

 

このあと どうしちゃおう

このあと どうしちゃおう

 

 

*1:

ninofku.hatenablog.com

*2:内閣府 Web サイト

子ども・子育て会議基準検討部会(第35回) - 内閣府

*3:詳細な資料はこちらから。

「政府の女性就業率目標を達成するためにはどの程度の保育の受け皿が必要か」2020年までに新たに整備が必要な保育の受け皿は88.6万人分 | 生活者動向 | 野村総合研究所(NRI)

*4:詳細な資料はこちらから。若干計測の方法も変わった模様です。

政府の女性就業率目標を達成するために、追加で整備が必要な保育の受け皿は27.9万人分 | NRIメディアフォーラム | 野村総合研究所(NRI)

*5:詳細はこちらから。

総務省|自治体戦略2040構想研究会|自治体戦略2040構想研究会(第2回)

*6:以下、グラフに関する補足。
・グラフの作成にあたって用いる未就学児童数は国立社会保障・人口問題研究所の「地域別将来推計人口(2018年推計)」を用いた。日本総研の推計は2017年のデータを用いているため、推計値は若干異なっている。

日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)|国立社会保障・人口問題研究所

・直近4年間の定員数や待機児童数は厚生労働省の「保育所等関連状況取りまとめ」を用いた。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000176137_00002.html

・保育サービス需要は利用児童数と待機児童数との合計。実際には潜在的待機児童(いわゆる隠れ待機児童)も加えるべきだが、どこまで含めるかについて議論が分かれるため今回は除外している。

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