なぜ、中央区は年金生活者だけに臨時給付を行うのか?その妥当性について考えてみた

(9月前半にnoteに掲載していた記事ですが、公開漏れてたので掲載します)

 わたしの住んでいる自治体、東京都の中央区の話題です。9月の補正予算の中身がweb上に公開されて、ちょっと盛り上がっていましたのでそれを取り上げます。その発端となったのはこちらのななこさんの投稿。

 都心3区のうち千代田区では所得制限が新たに導入される児童手当分を補填、港区では高校生以下の子どもに5万円を給付という子育て世帯向けの支援が展開される中、中央区補正予算での施策として出してきたのがなんと「65歳以上の年金生活者に対して1.2万円支給」で、そのガッカリ感が中央区に住む子育て世帯の心を揺さぶったのでした。

 わたしも正直、この施策には反対の立場です。これは子育て当事者として、近隣の区と比較して子育て世代への還元がないという観点もありますが、そもそも施策として掲げている目的と実際にやっていることがちぐはぐであるということが何よりの理由です。この点について今回は書いていきます。

 

 

どんな施策なのか?

 

 まず、今回の補正予算で出てきた中身を見るところから。タイトルは「高齢者向け区内共通買物・食事券の臨時給付」。

 その目的として掲げられているのは「コロナ禍が長期化する中、原油価格・物価高騰や主要な収入源である公的年金の引き下げにより厳しい生活環境に置かれている高齢者の生活を支援すること」。要するに、生活が苦しくなっている中で年金が引き下げられているので、その高齢者を支援しなければ!ということですね。

 対象者は区内在住の65歳以上、支給額は1.2万円で買物券の形で支給。全体の予算規模は3.5億円。3.5億円です。

年金生活者への臨時給付」という既視感

 「年金生活者への臨時給付」と聞いて、そんな話どこかで聞いたような…?と思われた方はなかなか鋭い。今年の3月に国の政策として「年金生活者に5000円支給」という報道がありました。

www3.nhk.or.jp

 

 案として出てきた瞬間に思い切り突っ込まれまくって早々に白紙撤回されたシロモノですが、今回の中央区が立ち上げた臨時給付はまさにこの給付と瓜二つ。この両者を比較してみたのが以下の表。

画像

  「目的」は年金生活者の支援、「内容」は現金給付、「対象」は年金受給者ということで、ほぼこの政府の施策を焼き直して中央区で実施するものと言って差し支えないでしょう。

何が問題なのか? 

 どんな施策なのかが分かったところで、どういった点が問題であるのかという点について考えていきます。この点で参考にしているのは、上記にも挙げた3月の政府案が散々批判されたときの議論です。

問題① なぜ高齢者だけなのか?

 問題点の1つめは、なぜ高齢者に限定するのかという点。今回の臨時給付の理由として挙げられている理由は2つありました。1つは「原油価格・物価高騰」。これらの影響を受けるのは高齢者だけでしょうか。そんなわけないですね、当然現役世代だって物価高の影響は受けます。

 もう1つは「年金額の引き下げ」。これは年金生活者に対する影響で、実際に2022年度の年金支給額は改定によって0.4%下げられています。
 ただし、この引き下げが何によるものかというと「年金と現役世代の賃金を平準化させる」というメカニズムのためということを見逃してはいけません。世間のトレンドを無視して、年金額だけが単純に引き下げられたということではありません。

 また、明示はされていないものの年金生活者を対象として給付を行うということの理由としては、年金生活者は勤労している世代と比較して年金以外の収入を持てない、つまり働きたくても働けないということも考えられます。
 ただ、働きたくても働けないのは年金生活者だけでしょうか。働きたいと思っても就職先が見つからない、勤めていた会社が倒産したというケースだってあります。今働いている人たちであったとしても、意思さえあればより多く働き、より多くの収入が得られるわけではありません。

 さらに、働きたくても働けないという観点からすると、子どももまさにこの基準には合致するはず。物価高だからといって食費などを削ることができるわけではないので、養う子どもの数が多ければ多いほどにその影響は大きくなります

 要するに、困っているのは「年金生活者」だけではない、ということです。もちろん、年金生活者の方々困ってないのだから支援は不要、などと言うつもりはありません。国民年金だけしか収入がないようであれば月額6.5万円程度であり、資産がなければ普通の暮らしをしていくのは難しいでしょう。そういった人たちにまで給付を取り上げろとまでは考えていません。

 ただし、重要なのはそのような厳しい状況にある人が年金生活者以外にいないというわけではないということ。年金生活者と同様に、働けていない人、働いていたとしても十分に収入のない人たちもその対象となるべきです。また、子どもを抱えている子育て世帯も同じように対象になっても良いで

問題②  なぜ所得・資産要件がない?

 問題点の2つめは、所得や資産による制限がないということ。この施策の目的は「公的年金の引き下げにより厳しい生活環境に置かれている高齢者の生活を支援する」ということでした。「厳しい生活環境」にある方々を支援するということであれば、逆に言えばそうでない人は対象とするのはおかしな話です。

 にもかかわらず、この施策は特に今の収入があるかどうかという条件は設定されていません。65歳以上であってもまだ働いていて勤労所得がある方もいれば、資産をお持ちの方もおられるでしょうが、それらは一切考慮することなく「平等」に1.2万円が支給されるということです。

 そこで生じるのは、一部の困っていない人にとっては不要で、本当に困っている人には不十分という極めて中途半端な状態。以下の画像の左、「平等」な状況ですね。

 しかし、「厳しい生活環境にある方々の支援」という目的を見る限り、この施策の目的は困っている人たちを助けることにあります。この場合に目指すべきなのは上記の画像の真ん中、「公平」な状態であるはずです。この場合、給付額は一律である必要もないでしょう(貧しさの度合いは人によって異なるわけですから)。

まとめ

 今回は、中央区で進められようとしている年金受給者に対する臨時給付について取り上げ、その問題点について書いてきました。ざっと整理すると以下のとおり。

  • 問題① 高齢者のみが対象となっている

    • 困っているのは高齢者だけではない

    • 現役世代でも働けない人もいる

    • 働けないという意味では、子どもも対象に含めるべき

  • 問題② 所得や資産の条件がない

    • 年金生活者でも裕福な人もいる

    • 施策の目的が生活支援であれば所得や資産の要件は設定すべき

    • 給付額も一律である必要はない

 勘違いをしてほしくないのは、「高齢者優遇を止めて、子育て世代をもっと優遇しろ」という我田引水的な主張をしているということではないということです。物価高騰というのは実際に起きていること。そして、それによって生活が苦しくなっているというのも事実でしょう。

 ただ、であればこそ高齢者世代にも子育て世代にもそれ以外の世代であっても、困っている人たちに手を差し伸べられるような温かい世の中であるべきではないではないでしょうか。それを特定の世代だけを切り取って給付を行うというのは世代間の不公平感、対立をわざわざ招くだけです。

 また、この施策が厳しい生活環境に置かれている人への支援という目的で行うのであれば、所得制限・資産制限は当然に必要でしょう。これによって全体の経費が少なくて済む!などというケチくさい話をしているのではありません。対象者が減れば、同じ予算額で1人あたりの支援額をその分積み増すこともできるわけです。

 これらの制限や要件を設けることで給付スピードが遅れるという観点はあるにせよ、感染拡大の初期のように「来週から自宅待機してください!」というような切迫した状況でもないわけで、今の時点でそういったものをどこまで重視するべきかも考慮されるべきと感じます。

最後に

 冒頭に書いたとおり、この施策は子育て世代を中心としたSNSの声を見るとネガティブな印象が強いものです。そして、この記事で書いてきたとおり、物価高を理由としているのに高齢者のみを対象としていたり、生活支援と言っている一方で所得制限がなかったりと、施策としても何がやりたいのかよく分からないものです(来年の選挙に向けての区長からのバラマキ、という意味では非常に分かりやすいですけど)。さらに言えば、国の施策として提案はされたものの、その後にすぐに撤回されたようなレベルのものです。

 ただ、この補正予算案は今後開催される区議会で議論された後に、おそらくそのまま通ることになると思われます。区議会では自民党系の議員の割合が大きいことから、そこでストップがかかるとは到底思えないためです。

 多少の反対の声もあるけれども押し切れるだろうという腹積もりでそもそもこんな予算案が出てきているであろうことが何とも腹立たしいですし、残念でならないです。住民の立場では何もできませんが、せめて声を挙げておくということだけはやっておきたいと思い、この記事を書きました。こんなおかしなことがまかり通っているということを少しでも知ってもらえるとありがたいです。

People illustrations by Storyset 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Copyright © 2016-2018 東京の中央区で、子育てしながら行政について行政について考える行政について考えるブログ All rights reserved.