選挙の常識が崩れた!?「異例の勝利」が起こったつくば市議選を振り返ってみた。

 ほづみゆうきです。今回は選挙ネタです。先週、つくば市の市議会議員選挙で大変な注目を浴びた候補者の方がいらっしゃいました。その名は川久保みなみさん*1。これまで無名な新人にもかかわらず選挙での「当たり前」とされてきた街宣車(いわゆる選挙カー)や街頭演説などを一切せずに3位当選されたということでニュースに取り上げられ、その記事がSNSで大いにバズっておりました。

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  その理由は、この結果が単に一人の政治家が当選したということだけでなく、これまでの古臭い選挙のあり方を変える可能性を見出しているからではないかと思います。過去に選挙に立候補した身として、そして同じように選挙のあり方について一石を投じたいと考えた者として、今回の件の整理と、これについて考えたことを書いてみます。

彼女は何をやり遂げたのか?

 まず彼女の成し遂げた偉業について振り返るところから。端的に言うと、これまでの選挙の常識をほぼ全否定して当選された、ということです。記事に記載のあった要素をまとめるとこんな感じです。

・活動スタートは3ヶ月前

・仕事と育児しながら活動

・従来型の選挙活動(街宣車、街頭演説)なし

 一方で彼女が行っていた選挙運動というのは2つ。WebサイトやSNSでの発信と、ゴミ拾い。選挙期間中も本業をやりながらゴミ拾いしかやっていないというのだから驚きです。このような選挙戦であったにもかかわらず、つくば市の市議会議員選挙で4,218票を獲得して41人中の3位当選*2。もちろん新人ではトップの得票数です。 

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出馬の理由に共感した!

 このニュースを見てわたしが感じたのは、何はともあれまずは共感と尊敬です。記事で彼女はこのような選挙戦を行った理由について以下のように答えています。

「選挙運動のやり方自体を変えたかったんです。『従来型の選挙運動が、本当に投票行動に繋がるのか』とずっと疑問に思っていて、私が全然違うやり方で当選できれば、選挙運動の概念が変わるかもと。

  選挙運動のあり方を変えたいということです。この部分は、わたしが1年前に立候補したときの思いと本当に同じでして感動すら覚えました。もちろん今の区政を変えたいという思いがまずあったものの、それと同じくらいわたしが変えたい思っていたのはこの選挙運動のあり方でした。であるがゆえに、あれこれ彼女と同じような縛りプレイとも言える選挙運動をやってみたわけです(わたしの方ははかなく散りましたが...)。

なぜ選挙のあり方を変えるべきなのか

 なぜ選挙のあり方を変えるべきなのでしょうか。彼女には彼女の思いがあるとは思いますがそれについては記載がないのでわたしがなぜ選挙運動のあり方を変えたいかについてかいつまんでお伝えします。

選挙と政治での求められるスキルの歪み

 これは単純な話で、今の選挙が優秀な政治家を選ぶための競争になっていないと感じるためです。今の「当たり前」の選挙戦で強い、つまり当選の確率が高くなるのは知名度を上げる戦略に没頭することができる人たちです。毎朝毎夜に駅前に立つことができたり、週末は地域の祭りや会合に顔を出すことのできる人たちです。もちろんそれがすべてではないものの、選挙に当選するかどうかの多くの部分はこの活動によって得られる知名度にかかっています。だからこそ、多くの候補者は朝から晩まで駅前に立ち、選挙期間になれば街宣車に乗って街中で(多くの人から疎まれながらも)名前を連呼するのです。

「フリースタイルラップで政策をアピールするMC若手議員」の写真[モデル:大川竜弥]

 一方で、政治家として必要なスキルというのはまた全然別です。それはいろんな考え方があるとはいえ、政策立案能力だったり交渉力だったりというスキルですが、選挙戦でこういったものが求められる状況はほぼありません。これはたとえて言うならば、プロ野球選手になるためのテストをサッカーでやっているようなものです。

 

 この政治家として必要なスキルと、その前段の選挙に必要なスキルが異なる(少なくともイコールではない)という歪みによって、本来的な政治家としての適性のない人たちが、選挙運動に注力できるという理由で政治家になってしまっている、そしてこの裏返しとして本当は政治家として有能であるはずの人が政治家になれない(なろうともしていない)という現状があります。

この歪みのもたらすもの

 この歪みのもたらすものとして、もっともわかりやすい事実は女性の議員数の少なさです。女性議員の少なさに「女性は優秀でないから」といった考えを持っている方もいますが、実態はまったく違います。

 2015年の統一地方選における男女別の当選率を調査したところ、男性と女性での当選率はほぼ変わらない(むしろ市区議会では女性の方が高いという結果になっている)のです。*3

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 つまり、女性の議員が少ないのはそもそも立候補できていないからなのです。 なぜ立候補できないのかというと要因は様々あるでしょうが、一つの大きな要素として考えられるのは、家事育児が女性の仕事とされがちな日本において、このような膨大な時間を費やす必要のある旧来型の選挙運動をやるだけの余裕がないということではないかとわたしは考えます。これは小さな子どもの子育てや親の介護の当事者であればなおのことです。

より良い政治、より良い社会への展望

 一つの例として女性を挙げましたが、これは女性だけに当てはまることではありません。今の世の中、男性が子育てや介護にコミットしている例も少なくはありません。バリバリ今は働いている若い世代がいても良いでしょう。こういった人たちの多くは、たとえ関心はあったにしても、(選挙という壁に阻まれて)これまでの政治という場にはほとんど参加できていなかった人たちです。

 したがって、この選挙運動のあり方を変えることができれば、こういった人たちも政治に参加できるようになることで多様な意見アイデアが生まれ、その結果として政治の質を高めることができるのではないかと考えたのでした*4

 

 それではどうすれば選挙運動のあり方を変えられるのかというと、新たな戦い方で勝利を積み重ねることしかありません。このような立場に立つとき、彼女の当選というのは一つの光明です。だからこそ、今回の報道を受けてこれまでの選挙に不満を感じていた多くの人たちを中心に熱狂が生まれたのでしょう。わたしもその一人です(一方で、大敗してしまうと「やっぱり駄目やんけ...」という反応になって後退させてしまうことにもなります。自分はこの例にまではならなかったのでホッとしてます)。 

彼女の戦い方に再現性はあるのか

 これまで彼女の選挙戦術とその意義について書いてきました。画期的な内容で、この勝利によってこれからの選挙が変わっていくことを期待したいところです。それでは、今回の彼女と同じような選挙運動をすることで誰でも当選できるのでしょうか。

 大変残念なことながら、結論から言うと無理でしょう。まず彼女の選挙戦についての主要な要素について改めて見てみましょう。

・活動スタートは3ヶ月前

・仕事と育児しながら活動

・従来型の選挙活動(街宣車、街頭演説)なし

  いずれも従来の考え方からするとマイナス要素です。いかにして選挙前に多くの人と接点を持って、知名度を高めるかというのがこれまでの選挙のあり方でした。であればこそ地元の行事に参加したり、毎日駅前に立って挨拶などをするわけです。

 この考え方からすると、活動期間が短いというのは当然マイナス要素ですし、仕事と育児をしながらというとさらに短い期間で露出が減ることになります。その上、その短い期間で知名度を上げるためには効率が必要ですが、選挙カーのような手段も使っていないのです。

 

 一方で彼女が行っていた選挙運動というのは2つ。WebサイトやSNSでの発信と、ゴミ拾い。今回の結果を記事で取り上げられたことでゴミ拾いなどが大きく注目はされているものの、選挙戦のタイミングのSNSでの拡散の状況などを見ると、これらの活動が上記のマイナス要素を補うほどに知名度の向上に寄与したとはあまり思えません。

優位に働いたと思われる要素

 それでは何がこの勝利に寄与したのでしょうか。優位に働いたであろう要素を整理してみました。

・学歴、肩書きのインパク

子育て支援を訴える競合の不在

つくば市という土地柄

学歴、肩書のインパク

 まずは学歴、肩書きのインパクト。東大卒!弁護士!ベンチャー会社CEO!ということでこれ以上ないくらいのインパクトを放っています。ご本人も振り返られているように、このインパクトが信頼感と期待に繋がり、得票に至った大きな要素ではあるのではないかと思われます。

「『つくば市出身の東大法学部卒で弁護士』という肩書が、ある程度、得票に繋がったとは思います。

子育て支援を訴える競合の不在

 次に、競合の不在という点。今回のつくば市議選の選挙公報をざっと見て感じたのは、当事者として子育て施策の充実を訴えている人がいないという点*5。30代の女性候補者は複数名いたものの、子育てという点について特化して訴えている方は彼女以外にいませんでした。この点で、若い世代、特に30〜40代で今の子育て環境に不満を持つような当事者はこぞって彼女を支持したのではないかと読み取れます。

つくば市という土地柄

 3点目につくば市という土地柄です。つくば市人口ピラミッドがこちらです。

グラフ つくば市(ツクバシ 茨城県)の人口と世帯 2020年の人口ピラミッド(予測)

 これを見ると明らかなのですが、「20-24」歳が異常に多いことが分かります。なぜかというと筑波大学があるからです。学部と大学院を合わせると1.6万人もいるようで、決して投票率は高くはないでしょうが馬鹿にはできない票田です。

 若い世代にとってはコテコテの政治家よりはこのような新しい取り組みを行おうとしている人を支持するであろうことは想像に難くありません。また、候補者選びはもちろんWebを活用すると思われ、その際に彼女のポップで洗練されたwebサイトはポジティブな印象を持った人たちは多いでしょう。

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 また、高齢者のITリテラシーも他の自治体に比べると高かった可能性もあります。記事ではこのようなエピソードを紹介されていました。

そして意外だったのは、年配の方々。公園でゴミ拾いしていたら、80歳くらいの男性の方から『ユーチューブを観ましたよ』と言われたことがありました。“学園都市つくば” という土地柄、年配でもネットに慣れていらっしゃる方が、つくばには多いのかも。私のやり方は、つくば市だったから通用したのだと、今は思いますね」

その他

 その他のところだとどうでしょう。つくば市議選の候補者の年齢と所属の政党の観点で分析してみました。

 年齢的な部分も要素としてあるかと思いましたが、こちらは少なくとも単純に見る限りそうでもないようです。候補者の年代での当落を調べてみたところ、若い年代の方が軒並み当選しているというわけではないためです。ちなみに川久保さんは34歳で、女性の当選者の中では最年少。とはいえ、20代、30代でも落選している人はいますし、特に今回の選挙だと「35-39」歳の年代では5名中4名が落ちています。

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 また、無所属ということについても同様で、無所属議員の当落は半々という状況。無所属だから通るというわけでも、無所属だから無理という状況でもなさそうです(もともと無所属の候補者は政党というフィルタがかからないことから玉石混交の傾向が強いです)。

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 総括

 これらを総括すると、選挙前に知名度としてはそれほど高くはなかったものの、選挙に行くにあたって候補者を探していた人たち(特に若い世代)がWebで彼女を含めた候補者を検索、そこから経歴や政策の内容、選挙運動へのスタンスなどを見て彼女に魅力を感じ、その多くが離脱することなく得票にまで至ったという流れなのではないかと思います。

 若者が多くITリテラシーが他の自治体よりも高い(と思われる)つくば市という土地柄から、このような経路を辿った母数がまず多かったという点が優位に働いたと思われます。

「いい案が出ずに頭を抱える女性」の写真[モデル:まめち] また、次のステップである候補者を比較する過程では強いインパクトが必要ですが、この点で彼女は経歴にしても選挙運動のあり方にしても強い個性を放っていました。さらに、子育て支援に関する主張も同様の政策を打ち出す候補者がほぼいなかったことから、結果的には彼女の個性の一つとなっていました。その上で、これらの情報を発信しているWebサイトや動画もすっきり見やすい構成・デザインであったことも大きなポイントでしょう。

 

 このように考えると、残念ながら今回の川久保さんの戦術をそっくりそのまま利用したところで当選できる見込みは薄いです。目に見えるところで真似して出馬したところで、あえなく落選するのは目に見えているでしょう。

 土地柄や他の候補者との差別化という外的な要素は再現が困難です。ITリテラシーの高い若者世代が多いかどうかというのはその土地次第で簡単に変わるものではありません。また、打ち出す政策について他の候補者と被るかどうかは事前に何かできるようなものではなく、出たところで勝負する他ありません。どんなに中身が素晴らしかったとしても、同じような政策を掲げているような候補がいれば票は分散してしまいます。

 

 内的な要素の方はというと、まず彼女並みの経歴があればもちろん優位に働くことは間違いないのですが、それを手に入れることは相当に困難です。ただし、見やすいWebサイトを作ることや自身の思いを動画にして掲載するというところはある程度汎用的な戦略として使えそうです。主体的に候補者の情報を調べるためにWebサイトまで流入してくれる有権者が当選できるレベルまで見込めるかは自治体次第で、これがあまり見込めないようであれば路上でのビラ配りを増やすといった形で保管することが不可欠でしょう。

最後に

 今回は異例の選挙戦で勝利を収めた川久保みなみさんの選挙戦の中身について振り返り、この戦い方が今後の選挙のあり方を変えられるものなのかについて考えてきました。今回の件はあれこれ分析している中で自分自身の当時の熱意を思い出して、とても意義のある、そして勇気づけられる記事でした。

 

 ただ、これまで述べてきたとおり成果としては素晴らしいのですが、残念ながら今後の選挙のあり方を抜本的に変える出来事というにはちょっと難しそうだというのが感触です。

 とはいえ、このつくば市の事例というのは未来の日本の姿です。それが5年後なのか10年後なのかはわかりませんが、インターネットのリテラシーの向上、そしてそれによって強まる「必要な情報をWebで探して判断する」という志向の住民は今後増えることはあっても減ることはないでしょう(新型コロナの喧騒により、この傾向は格段に進んでいるように思います)。となればWebでの発信の重要性は高まる一方で、旧来的な街頭活動の効果は相対的に減っていくことになり、彼女のような選挙戦でも勝利できる可能性は高まります。

landscape photography of buildings

 また、当選するかどうかは置いておいて、今の選挙のあり方に対して疑問を持ち、このような新たなチャレンジをされる候補者が増えることは素晴らしいことです。ひとつひとつの実践がどの程度効果があるのかについて検証を続けていくことで、従来型の選挙を変えていくことができるのです

 

 この点については自分自身で反省するべき点もあります。わたしも先駆者の一人として、後継の人たちが役に立つようなものを残しておきたいと想いつつ1年前の選挙の具体的な手法などについてまとめられていないということ。立候補するにあたっての諸々の準備や選挙戦での戦い方の記録について、チャレンジ宣言をした後の発信で断片的にはこのブログでお伝えしてきたものの、詳細の部分についてはお伝えできていませんでした。このあたりをもっと具体的にお伝えすることで、次にチャレンジする人たちの何らかの参考になればと考えていますので、これについては今後少しずつテーマに分けて発信していきます。

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