隠れ待機児童(潜在的待機児童)の詳細とその妥当性について調べてみました。

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 大変ご無沙汰しておりました、ほづみゆうきです。4月はついに1度も更新できませんでした。1ヶ月の内に1度も更新できなかったのは初めてです。さて、今回は隠れ待機児童について取り上げます。世間一般に言われている「待機児童」とは別に、実質的な待機児童であるとされる「隠れ待機児童(潜在的待機児童)」という数があります。具体的に言うと、2017年4月時点での「待機児童」は26,081人に対して、「隠れ待機児童(潜在的待機児童)」と言われている数は69,224人*1。割合で言うと待機児童のおよそ2.6倍で、一般的に言われている待機児童よりも隠れ待機児童の方が圧倒的に数は多いのです。

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 2018年4月時点での待機児童数の情報は例年9月アタマに公表されているので現時点では分かりませんが、劇的に解消しているとはとても思えない状況です。したがって、今後も待機児童解消のために保育サービスの拡充が必要となるわけですが、その際に必要となるのが保育ニーズの適切な把握です。そして、この適切な把握のためには実際にどの程度の人たちが待機しているのかを正しくカウントしてあげる必要があります。

 一方で、この隠れ待機児童については一部で以下のような厳しい声もあります*2

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 待機児童問題でメシを食っている人たちが、この問題を終わらせないために、対象をより拡大させようとしているのではないかという捉え方です。

 隠れ待機児童は本来待機児童として扱うべき対象なのでしょうか。それとも、待機児童問題で活動する団体のでっち上げなのでしょうか。この隠れ待機児童についてはこれまであまり理解できておらず、Web上には数がどの程度という情報はあってもその詳細や妥当性にまで触れているものはありませんでしたので、今回整理しておこうと思うに至りました。

 なお、隠れ待機児童の考え方については厚生労働省の「保育所等利用待機児童数調査に関する検討会」で議論が行われ、2017年3月に改定があったところなのですが、この点まで含めると随分と長文になってしまいますので、前編として現状での考え方とその評価、そして後編として今後の改定の方向性について書くことにします。

待機児童と隠れ待機児童の定義

「待機児童」とは何を指すのか?

 まずは待機児童とは何を指すのかについて先に整理します。

保育所への入所・利用資格があるにも関わらず,保育所が不足していたり定員が一杯のために入所出来ずに,入所を待っている児童のこと*3

 要するに、保育園への入園を希望しているにも関わらず定員の不足により入園できていない人たちということで、この定義は一見すると明確であり、実態と乖離することなどないように思われます。しかし、実際にはそうではないのです。なぜならば、厚生労働省が各自治体に対して待機児童数の調査を依頼する際の要領に、一部の対象はこの数字に含めなくても良いと記載されているためです。この一部の対象こそが、冒頭に挙げた「隠れ待機児童(潜在的待機児童)」なのです(以下、一般的な呼称である「隠れ待機児童」で統一します)。

「隠れ待機児童」とは何を指すのか?

 それでは一方で、隠れ待機児童として扱われているのはどういった状態の人たちなのでしょうか。一般に言われている隠れ待機児童には以下の4つの分類があります(名称は内容を踏まえてわたしが命名)。元となる資料は厚生労働省の「保育所等利用待機児童数調査に関する検討会」の資料「保育所等利用待機児童の定義*4です。

① 求職活動休止

自治体補助サービス利用

③ 特定施設のみ希望

④ 育児休業

 直近3年間におけるそれぞれの内訳は以下のグラフのとおりです。全体としては毎年増えていること、全体の多くを「③ 特定施設のみ希望」が多くを占めていることなどが分かります。

  このそれぞれについて簡単に説明した上で、上記の検討会の資料を踏まえつつその妥当性について検証していきます。

隠れ待機児童の4分類とその妥当性の検証

① 求職活動休止

 保護者が求職活動を休止している場合。資料の注1(以下)に該当(下線は引用者)。

(注1)保護者が求職活動中の場合については、待機児童に含めることとするが、 調査日時点において、求職活動を休止していることの確認ができる場合に は、本調査の待機児童数には含めないこと

 保護者が求職していないのであれば保育サービスの必要性はないのだから、待機児童には含める必要はないのでないかという考えられるかもしれません。本当に休止していればその通りなのですが、問題は求職しているかどうかを自治体が正しく把握しているかどうかです。というのも、一部の自治体は個別に連絡を取ることなく、市区町村が「求職活動を休止している」と判断して待機児童のカウントから除外しているという実態が明らかになったためです(以下の「2.求職活動を休止していることの確認方法」の③*5)。

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 したがって、「求職活動休止」として待機児童のカウントから除外された人の中にはまだ求職活動を続けている人、つまり本来は待機児童として扱われるべき人も含まれており、この意味で「求職活動休止」に該当する人を隠れ待機児童として扱うことには妥当性があります。今後の方向性としては、確認方法を本人の自己申告、もしくは自治体の担当者による電話等での確認が徹底することとし、これらの手段で確認ができないのであれば待機児童として含めるべきでしょう

自治体補助サービス利用

(2018/05/26修正:認定こども園は「自治体補助サービス」には該当しないとのコメントをいただきました。ご指摘のとおりですので、訂正させていただきます。)

認定こども園認証保育園などの保育サービスを利用できている場合。資料の注3(以下)に該当。

(注3) 付近に特定教育・保育施設又は特定地域型保育事業がない等やむを得ない事由により、特定教育・保育施設又は特定地域型保育事業以外の場で適切な保育を行うために実施している、
国庫補助事業による認可化移行運営費支援事業及び幼稚園における長時間預かり保育運営費支援事業で保育されている児童
地方公共団体における単独保育施策 (いわゆる保育室・家庭的保育事業に類するもの) において保育されている児童
③ 特定教育 ・保育施設と して確認を受けた幼稚園又は確認を受けていないが私学助成、就園奨励費補助の対象となる幼稚園であって一時預かり事業(幼稚園型) 又は預かり保育の補助を受けている幼稚園を利用している児童
④ 企業主導型保育事業で保育されている児童
については、 本調査の待機児童数には含めないこと。

 こちらについて、正直言ってわたしとしては「隠れ待機児童」として扱うべきとは思いません。希望している場所でないにしても何らかの保育サービスを利用することはできている状態であり、「子どもの預け先が見つからないので復職できない(退職を余儀なくされる)」といった深刻なケースではないためです。

 この点から「隠れ待機児童」を解消するということは、認定こども園認証保育園などを利用している子どもを認可保育園へ移すことを意味します。費用面でも設備面でも認可保育園が望ましいというのは一般的な傾向ではありますが、ここまで含めて待機児童の問題の俎上にあげると問題の深刻さの焦点がぼやけることになり世間的な共感も受けにくくなると思われます。

③ 特定施設のみ希望

 利用可能な施設があるにもかかわらず利用していない場合。資料の注7(以下)に該当(下線は引用者)。

(注7) 他に利用可能な特定教育・保育施設又は特定地域型保育事業等があるにも関わらず、特定の保育所等を希望し、保護者の私的な理由により待機している場合には待機児童数には含めないこと

 利用可能な施設があるにもかかわらず利用していないのであれば待機児童に含めなくて良いだろうというのはその通りです。しかし、全てのケースがそうであるわけではありません。というのも、「他に利用可能な保育園」という条件は自治体が判断しており、個々の保護者の事情を踏まえているものでは必ずしもないためです。具体的な判断理由は以下の「2.「他に利用可能な特定教育・保育施設又は特定地域型保育事業等」として取り扱っているケース」の①から④。立地条件ばかりで、保育園の開所時間の希望や登園にあたっての個別の事情などは考慮されていないことが分かります。

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  したがって、「特定施設のみ希望」として待機児童のカウントから除外された人の中には、本当に利用可能な保育園がない人、つまり本来は待機児童として扱われるべき人も含まれており、この意味で「特定施設のみ希望」に該当する人を隠れ待機児童として扱うことには妥当性があります。今後の方向性としては①と同様で、確認方法を本人の自己申告、もしくは自治体の担当者による電話等での確認が徹底することとし、これらの手段で確認ができないのであれば待機児童として含めるべきでしょう

育児休業

 保護者が育児休業中である場合。資料の注8(以下)に該当(下線は引用者)。

 (注8) 保護者が育児休業中の場合については、待機児童数に含めないことができること。 その場合においても、市町村が育児休業を延長した者及び育児休業を切り上げて復職したい者等のニーズを適切に把握し、引き続き利用調整を行うこと。 

 育児休業中であれば育児のための休業なのであって保育サービスを利用する必要性はないので、待機児童に含めないというのはそれほどおかしな話ではありません。しかし、これまでと同様に、この中にも本来は含めるべき対象が含まれています。現状で除外の対象となっていたのは以下の「2.「育児休業中の者」を待機児童数に含めないこととしているケース」の①から③。例えば育児休業中を延長している人の中には保育園の入園が決まらなかったことを理由に延長している人もいるわけで、このケースを待機児童に含めないのは明確におかしな話です。 

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  したがって、「育児休業中」として待機児童のカウントから除外された人の中には、本当は復職したいけれども預け先がなくて延長せざるを得なかった人も含まれており、この意味で「育児休業中」に該当する人を隠れ待機児童として扱うことには妥当性があります。今後の方向性としてはこれまた①と同様で、確認方法を本人の自己申告、もしくは自治体の担当者による電話等での確認が徹底することとし、これらの手段で確認ができないのであれば待機児童として含めるべきでしょう

 隠れ待機児童の分類別の検証結果まとめ

 これまで書いてきた妥当性の検証結果についてまとめると以下のとおりで、②以外については本来待機児童として扱うべき対象が含まれています。自治体はこれらの数を正しく把握できるように確認方法を厳格化するべきです。一方で、②を同じ議論の俎上にあげるには無理があるというのがわたしの感触です。批判的な立場からすれば、格好の的でしょう。

① 求職活動休止

→ 待機児童として見なすべき対象あり。確認方法を厳格化すべき。

自治体補助サービス利用

→ 待機児童として見なすべきか微妙。

③ 特定施設のみ希望

→ 待機児童として見なすべき対象あり。確認方法を厳格化すべき。

④ 育児休業

→ 待機児童として見なすべき対象あり。確認方法を厳格化すべき。

最後に

 今回は隠れ待機児童の詳細とその妥当性について書いてきました。冒頭に書いたとおり、待機児童の問題はまだ解決の見込みがありません。その解消のためには保育サービスの拡充が必要で、その際に不可欠なのは保育ニーズの適切な把握です。そして、この適切な把握のためには今回紹介してきた隠れ待機児童のような、本来待機児童としてカウントするべき対象も含めて考える必要があります

 ただし、他方で問題を殊更に大きく見せることについては慎重にならなければなりません。今回説明してきたとおり、本来待機児童として扱うべき対象は全体のうちの一部です。隠れ待機児童として扱われている数の全て、つまり2017年4月で言えば69,224人の全てを待機児童として扱うべきかというと議論が分かれるところでしょう。限られた予算の中で何をどこまでやるのか、その内容が他の施策と比較して優先順位が高いのかという観点を忘れてはいけません

 次回は後編として、厚生労働省の検討会の結果を整理して、待機児童の調査が今後どのように変わるのか、そして残された課題は何なのかについて書いていきます。

 

思わず考えちゃう

思わず考えちゃう

 

 

東京23区における保育士の子どもの保育園入園優遇策の比較をやってみました。

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 おはようございます。ほづみゆうきです。暖かくなったと思ったら寒くなったり、寒くなったら暖かくなったりという春らしい天気になってきました。さて、今回は東京23区における保育士の子どもの保育園入園への優遇策の比較を取り上げます。比較の一覧自体は以前にTwitterで紹介していたのですが(以下ツイート)、せっかくなので一応記事として公開しておこうという位置付けです。

 なお、そもそものきっかけとしては以下のTogetterの記事。保育士として復職しようとした人が保育園の入園に落ちたといういくつかの悲痛な叫び。何らかの対策はやっていたように記憶していて、実際のところどうなっているのだろうかと考えて、とりあえず調べてみるに至りました。

togetter.com

  • 保育士の子どもの保育園入園優遇策とは
  • 東京23区における保育士優遇策の比較
  • 東京23区における保育士優遇策の考察
    • 全般について
    • 「加点」に関する優遇策について
    • 「優先順位」に関する優遇策について
    • あまり目立たない、致命的な問題点
  • 終わりに(この制度を機能させるためにはどうすれば良いか?)
続きを読む

東京23区の保育園の申込状況と当落ラインに関する情報の開示レベルを比較してみました。

http://3.bp.blogspot.com/-n09Irh11EVU/VSufnPBQn2I/AAAAAAAAs_E/7T4L2h9IH14/s500/hikaku_board_man.png

 おはようございます、ほづみゆうきです。若干間が空いてしまいましたが、また保育園関係のネタを投下します。今回は、東京23区における、保育園の申込状況における情報公開のレベル(どの程度公開されているのか?)について整理してみます。

 元々の発端は、わたしが過去から行っている中央区に対する開示請求です。わたしは2年前に0歳児枠で娘を預けようとしたのですが、あえなく全ての希望園で落ちてしまいました。結果としては仕方ないと思うものの、わたしがその時に納得が行かなかったのは入園に関する情報がほとんどWeb上などに公開されていないということでした。「どの保育園が人気なのか」、「だいたいどの程度の点数であれば保育園に受かるのか」といった内容は、保育園に申し込む全ての親が知りたいと思う情報でしょう。これらの情報が事前に十分に開示されないからこそ、必要以上に楽観したり悲観したりすることになるのです。例えば、明らかに認可に預けられないことが明らかなのであれば、早々に認証や認可外を目指すという戦略もあり得ます。にもかかわらず、中央区においてはこれらの情報がほとんど開示されていなかったのです。

 当時のこの問題意識からわたしは何度かの開示請求を行い、その中で手に入った情報を元にいくつかの記事を書きました。1つ例を挙げると、以下の記事は歳児別の利用調整指数の分布と定員数を比較することによって、「だいたいどの程度の点数であれば保育園に受かるのか」を分析したものです。半年前に書いた記事ですが、今なお多くのアクセスがあります。

ninofku.hatenablog.com

 直近で開示請求をしている内容は、上記の記事の内容をさらに深掘りするものです。この記事で用いたのは平成27年度(2015年度)と平成28年度(2016年度)だけですが、今回要求しているのは平成25年度から平成29年度までの情報で、かつ調整指数の合計値だけではなくその内訳も求めています。

 予想通りと言うべきか、11月初旬に不開示の通知があり、その後に速やかに審査請求の手続きを行いました。第2ラウンドのようなものです。そこから年末に弁明書が来ており、現状はその意見書を書いているところです。大まかなフローは以下のとおりです。

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 この意見書の付属資料として東京23区の他の区がどの程度これらに関する情報を開示しているかを整理して提出することを考えており、この情報は多少なりとも社会的価値があるだろうと思いましたので記事として公開することとしました。

保育園の申込状況における開示レベルの調査の内容と方法

調査の内容

 この調査は、東京23区の各区について保育園の申込状況と当落ラインに関する情報の開示レベルを調べるものです。具体的には、Webサイト等で以下のような2つの観点から情報を公開しているかどうかについて調べてみました。

1) 保育園への申込状況

 各区での保育園の利用調整に当たっての申込状況について公開しているかどうかです。申込者の歳児クラスごとの数字だけのところもあれば、個々の保育園レベルで公開しているところあります。

 この情報を開示することによって、歳児クラスや保育園という単位でどの程度の申込者がいるのかどうかを掴むことができます。もちろん毎年ごとに状況は変わっているので昨年の情報が役に立つわけではありませんが、複数年度の情報があればおおよその方向性、増減の程度は見えてくるはずです。

2) 内定者の調整指数の下限

 もう1点は、各区での保育園の利用調整に当たっての内定者の調整指数の下限、つまり当落ラインの点数について公開しているかどうかです。こちらも歳児クラスごとでの数字を出しているところもあれば、個々の保育園で公開しているところもあります。

 この情報を開示することによって、どの程度の点数を取れば入園が可能であるのか(不可能であるのか)という目安を知ることができます。明らかに不可能であることが事前に分かっていれば、それに対して何らかの対処を行うことができます。例えば、認可保育園を諦めて認証・認可外に注力する、事前に点数を上げるための努力をする、極端に言えば他の地域に引っ越すということもあり得るでしょう。

調査の方法

 調査方法としては、単純にそれぞれの区のWebサイトをそれぞれ開いて、必要となる情報を拾い上げました。なお、過去に何度か同様の調査をやっていますが、あくまで目視で行っているものなので抜け漏れ誤り等がある可能性があります。おかしな点がありましたら速やかに修正しますので、ご指摘ください。特に一部の区では保育園の募集案内の冊子PDFからわざわざ文字情報を削除していたり(中央区葛飾)、紙をスキャンしたものをわざわざWebに公開していたり(江東区)という状況なので、この辺りの区は特に情報が抜けている可能性があります。

 なお、今回いくつかの区では該当する情報を見つけることができませんでした。この場合には表中に「(発見できず)」と記載しています。これらについても今後情報があれば追加・修正を行っていきますので是非情報提供いただければとおもいます。

調査の結果

 調査の結果を取りまとめた一覧は以下のとおりです。例のごとく、Googleスプレッドシートに公開しています。なお、個々の項目の意味が分かりにくいかと思いますので、以下のとおり定義を示しておきます。詳細については以降に書いていきます。

<補足事項>

指数優先

利用調整において、希望園の順位よりも調整指数の順位が優先される方式
希望園優先

利用調整において、調整指数の順位よりも希望園の順位が優先される方式
希望上限

申込書に記載できる最大の希望保育園数
状況(歳児別)

歳児別の申込状況の情報を開示している場合に〇
状況(園別)

保育園別の申込状況の情報を開示している場合に〇
希望1位表示

申込者の希望園1位だけの申込状況の情報を開示している場合に〇
最低指数(歳児別)

歳児別で内定した最低の調整指数の情報を開示している場合に〇
最低指数(園別)

保育園別で内定した最低の調整指数の情報を開示している場合に〇
同一指数

同一の調整指数で合否が分かれた場合に何らかの識別できる情報を開示している場合に〇
保育料階層

内定者の保育料階層を開示している場合に〇
分布(歳児別)

歳児別での調整指数の分布を開示している場合に〇
分布(園別)

保育園別での調整指数の分布を開示している場合に〇

Googleスプレッドシートから開く場合はこちらから

 

「申込状況の開示」に関する考察

総評

 申込状況については、23区中16の区が何らかの情報を公開していました。この内、「保育園別」の情報を公開していたのが13区。一方で、「歳児別」の情報しか公開していないのは3区。それぞれある程度自明ではあるかと思いますが補足しておくと、「保育園別」というのは以下のように保育園ごとにそれぞれの歳児別での申込者数を公開していることを意味します(以下は文京区のWebサイトから引用)。保育園ごとの申込者が明らかにされることによって、冒頭にも書いたようにそれぞれの保育園がどの程度人気なのかについておおよその傾向を掴むことができます。

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 「歳児別」の情報のみを公開しているというのは、以下のように歳児ごとの申込者の情報しか公開していないということです(以下は中央区のWebサイトから引用)。これでは個々の保育園でどの程度申込があるのかという点は一切分かりません。どちらが望ましいかと言えば、間違いなく「保育園別」の方が望ましいです。このような公開を行っているのは、千代田区中央区です。

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特徴的な取り組み

 一部の区で見られる特徴的な取り組みとして挙げておきたいのは、申込の状況の中で、第1希望の申込者数と第2希望以下での申込者数を併記していることです。やり方は区によって若干異なっていますが、7つの区で実施されています。以下のような形式で、例えば「大久保第一保育園」の0歳クラスは第1希望で希望した申込者は6人、第2希望以下で希望した申込者は43名です(以下は新宿区のWebサイトから引用)。

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 これは保育園ごとの人気をより正確に測る上で非常に有用な情報です。というのも、申込者は複数の保育園を希望することが一般的で、第1希望に書こうが第10希望に書こうが、単に申込者数としてまとめてしまうとどちらも「1」としてしかカウントされないためです。

 第1希望の情報だけをピックアップして公開することによって、個々の家庭が「本当にどこの保育園に入れたいと思っているのか」 といったことが分かるようになります。そして、この人気が分かれば、例えばあまり調整指数の高くない人であれば相対的に人気のないところを第1希望に選ぶことで他の申込者との競争を避けるといった戦略も取ることができるようにもなります。

中央区の位置付け

 中央区は上記のとおり、「歳児別」の申込状況しか公開していません。「保育園別」の情報は公開されておらず、ましてや第1希望の申込者数が公開されていることもありません。一部の区ではこれらに関する情報をそもそも見つけることができなかったものの、少なくとも見つかった中では最低の情報公開レベルです。

「当落ライン」に関する考察

総評

 次に、当落ラインに関する調査です。こちらについては、23区中15の区が何らかの情報を公開をしていました。この内、「保育園別」の情報を公開していたのが14区。一方で、「歳児別」の情報しか公開していないのは1区。補足しておくと、「保育園別」というのは以下のように保育園ごとにそれぞれの歳児別での内定者の下限の点数を公開していることを意味します(以下は中野区のWebサイトから引用)。例えば「南台」保育園の1歳児クラスの内定者の下限の点数は「42」であったということです。

 保育園ごとの下限の点数が明らかにされることによって、それぞれの保育園でどの程度の点数であれば入園できるのかについての大まかな目安を知ることができます。 

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 他方で「歳児別」の情報のみを公開しているというのは、以下のように歳児ごとの申込者の情報しか公開していないということです(以下は中央区のWebサイトから引用)。悲しいことに、今回調査をした中でこのような中途半端な公開をしているのは中央区だけでした。これによって、例えば3歳児クラスで申込をするのであれば「32点あればどこかの保育園に入ることができた」ということは分かるものの、その人が内定した保育園がどこなのか、自分の希望する保育園なのかどうかということは分かりません。

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特徴的な取り組み 

 当落ラインに関する情報の公開に関しては、いくつもの特徴的な取り組みがありましたので、それぞれ例を挙げながら紹介します。ごく一部の区でしか実現されていないものばかりですが、ぜひ他の区、ひいては全国の自治体に広まるべき素晴らしい取り組みであると思います。

① 同一点数での決定時の注記

 1点目は同一点数での決定時の注記です。保育園の利用調整にあたっては基本的に必要性を点数化した調整指数で行いますが、これだけでは同じ点数に大量の申込者が固まることになります。この場合、同じ点数での人を全て合格にするわけにも不合格にするわけにも行かないため、当落ライン上に同じ点数の申込者がいるにはその中での優先順位を決める必要があります。優先順位の設定は区によって様々ですが、よくあるのは年収の低い方だったり、自治体への居住年数の長い方といった基準があります。

 この、「調整指数ではなく優先順位で決まった」という点を示してくれているのが江東区の以下の表です。同点者がいた場合には点数の横に「(優)」というマークを表示させています。例えば「うぃず清澄白河駅前」は0歳児から3歳児まで、いずれも調整指数が同点の申込者がいて、優先順位で合否が決まったことが分かります。

 表示の方法は区によって異なりますが、江東区大田区北区はこの情報を公開しています。

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 この情報も極めて重要です。というのも、1歳児クラスのような激戦区には大量の申込者が殺到することになることから、単純に調整指数の下限に達しているだけでは安心できないためです。以下は、過去に調べた平成28年度4月の中央区の歳児クラス別の利用調整指数の分布です。1歳児の申込においては、40点(両親ともフルタイムで追加の点数なし)の申込者が395人も固まっていました(詳細はこちらの記事をご覧ください)。他のクラス、他の指数を見れば、この集中具合が異常であることが分かるでしょう。このような状況で、たとえば下限の点数が40点とあったとしても、現実的には内定は困難なのです。

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② 保育料の階層

 2点目は、保育料の階層の情報です。これは正直、そこまで公開するかとも思いましたが、個々の保育園の内定者の保育料の階層の下限を公開しています。この情報を公開しているのは品川区だけです。保育料の階層は申込者の世帯の所得税の額によりますので、この情報までを公開しているということです。「一本橋」保育園の1歳児クラスでは「D22」という記載があります。

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 この「D22」という値は保育料の算定に使われるもので、以下の対照表を見ると、この保育園に内定した人は「市町村民税665,000円以上、772,600円未満の世帯」であることを示しています。

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③ 調整指数の分布

  3点目からは調整指数の分布です。こちらも歳児別に公開している区と、保育園別に公開している区で分かれています。歳児別での分布は以下のとおり、歳児ごとの調整指数の分布を示しているものです(以下は目黒区のWebサイトから引用)。調整指数の分布を歳児別で公開しているのは目黒区だけでした。これを見ると、0歳児クラスでは41点までの人は大半が内定していて、40点が当落のボーダーラインとなっていることが一目瞭然です。ただし、保育園ごとの情報ではないことからそれぞれの保育園でのボーダーラインまでは分かりません。以下の表のとおり、42点であっても不承諾となっている方が1名いることから、この方は人気のある園に希望したのであろうことが推測されます。

f:id:ninofku:20180218170602p:plain 次に保育園別の調整指数の分布です。こちらはさらに詳細な情報で、調整指数の分布を保育園ごとに公開しています(以下は杉並区のWebサイトから引用)。このような形で公開しているのは杉並区足立区です。以下の表は杉並区の「杉並」保育園における歳児別の調整指数の分布です。これと同等の表が保育園ごとに存在していて、それぞれの保育園の歳児別でどのような調整指数の方が申込を行ったのかについて公開してくれています。

 この情報によって、どの点数であれば安全圏なのか、どの点数であればギリギリなのか、といったことも分かるようになります

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④ 調整指数の内訳

 最後に、調整指数の内訳です。おそらく、これはこれ以上ない公開レベルではないかと思います。どういった情報かは、実際に公開されている情報を見てもらうのが早いでしょう(以下は足立区のWebサイトから引用)。保育園ごと、歳児クラスごとの調整指数の分布に加えて、申込者ごとの調整指数の内訳(母側、父側の基準指数と、プラスアルファの調整指数のそれぞれの点数)までを公開しています。この形式で情報を公開しているのは足立区だけです。素晴らしい!

 以下の表では、「千住保育園」の「1歳児」クラスにおいて最大の点数で内定した人は母側の基準指数が「23」、父側の基準指数が「23」、調整指数が「7」で、合計「53」になっていることが分かります。また、合計点数48点がボーダーラインとなっていることも分かります。

 これによって、個別の保育園の人気やボーダーラインはもちろんのこと、他の申込者がどういったところでどの程度の点数を獲得しているのかといった点まで把握することが可能になります

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中央区の位置付け

 上記に挙げた特徴的な取り組みを見た後に中央区の利用調整の結果を見ると、そのシンプルさに驚くばかりです。中央区は上記のとおり、「歳児別」の申込状況しか公開していません。「保育園別」の情報は公開されていません。申込状況と同じく、調整指数の下限に関しても見つかった中では最低の情報公開レベルです。これでもって、開示請求されて不開示を貫くのだから筋金入りです。

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最後に

 今回は東京23区の保育園の申込状況と当落ラインに関する情報の開示レベルを比較してみました。冒頭の繰り返しになりますが、元々の発端は、わたしの保育園に落とされたという過去の経験からで、そのときに感じた入園に関する情報がほとんどWeb上などに公開されていないという問題意識からでした。

 もちろん、情報公開というのは二の次であることは言うまでもありません。希望する家庭の全てに対して保育サービスを割り当てられるようになることこそが達成するべき目標です。しかしながら、サービスの需要が右肩上がりに伸びていく一方で、供給はすぐに増やすわけにも行かず、待機児童の問題が早々に解決に向かうとは残念ながら思えません。この状況において、自治体として少なくともできるであろうことは十分な情報開示であるとわたしは考えます。事前に十分な情報を提供されることによって、前もって(必要以上に楽観するのでもなく悲観するのでもなく)適切な危機感を持って、自身の保活の戦略を組み立てていくことができます。

 今回見てきたように、情報の公開のやり方は思った以上に区によって様々です。ある区では当たり前のように公開されている情報が、別の区では一切公開されていないというものもあります。したがって、杉並区の保育園ごとの調整指数の分布や足立区の調整指数の内訳の公開など、一部の区のグッドプラクティス、良い事例を横展開させるだけでも相当に情報の開示レベルは向上されます。そして、これはすでに他の区で実現しているものですから、実現可能性を検証する必要はありません。また、導入して外部から文句を言われるにしても「他の区にならった」という言い訳が可能です(役所的には結構重要な要素です)。

 わたし自身としては、今回の調査によって改めて自身の住んでいる中央区の公開レベルが酷いレベルであることを再認識できたので、これらの情報を整理した上で審査請求における意見書の作成に励みたいと思います。近い将来に、この中央区がせめて他の区と肩を並べられる程度に情報が公開されるようになるよう、今後とも活動を続けていきます。  

 

「幼児教育、保育の無償化に8,000億円」の政府案のコスト試算とその代替案を考えてみました。

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 ほづみゆうきです。前回に引き続き、幼児教育及び保育の無償化に関する議論について書きます。今回は増税による税収増として見込まれている2兆円のうち、「8,000億円」と言われている幼児教育及び保育の無償化のコストの内訳について調べてみます。調べるきっかけとなったのは、この予算の使い道に関しての「育休退園を考える会」さんのツイート。以下のような提案を為されていました。

 

 幼稚園の無償化までを取りやめて8000億円の予算全体を待機児童対策などの保育園に費やすのは現実問題として困難であることから、幼稚園の無償化は許容しつつ保育園の無償化は受け入れず、こちらの予算は待機児童対策に割り当てるよう提言していこうというもの。

 極めて現実的で素晴らしい内容であると感じました。政府としても自民党の選挙公約として幼児教育の無償化を掲げていた以上、易々と引っ込めるわけにも行きません。一方で、保育園の無償化については幼稚園の無償化と横並びで行うという印象が強く、当事者側の声としては「無償化よりも待機児童の解消を」という意見が非常に多いためです。

 ただ、実際のところで現状の政府案として、この8,000億円というのは具体的に何に対してどの程度支出することを想定しているのでしょうか。これについて、この件に関する報道を色々と眺めてみたものの、この内訳についての記載がありませんでした。以下のとおり、「8,000億円」だとか「7,300億円」という数字は出ていても、この枠の中での具体的な使途については示されていません。

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 この点が分からなければ、実際に幼児教育と保育の無償化にどの程度のコストが掛かるのか、そして、例えば提案のように保育園の無償化を取りやめるとすればどの程度のコストが浮くことになるのかといったことも分かりません。何より、そもそものこの「8,000億円」という数字の妥当性すらも判断することができません。ということで、今回はこの「8,000億円」の根拠と、実際のコストの内訳について調べてみることにします。

  • 「無償化に8,000億円」の根拠は何なのか?
  • 「無償化に8,000億円」のコスト試算
    • 各施設の無償化に要するコストの試算
      • 幼稚園の無償化に要するコスト
      • 保育園の無償化に要するコスト
    • 無償化にかかる政府案のコスト試算
    • 政府案に対する代替案を考えてみる
  • 最後に
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「保育の無償化」における国と市町村での費用負担は妥当なのか、中央区のデータを用いて比較してみました。

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 おはようございます。ほづみゆうきです。そろそろ時期的に次年度からの保育園の入園申し込みの結果が届き始める時期ですね。全て落ちたときの落胆、入園が決まったときの喜びはどちらも忘れられません。社会のセーフティネットがこのような宝くじのような状態であるという状況を一刻も早く解消できれば思います。さて、最近の保育園ネタとして報道されていたものとして、以下のようなものがありました。

www.sankei.com

 「保育の無償化」に関する議論の続報です。当ブログでも取り上げましたが、自民党の選挙公約として挙げられていたものの一つとして「幼児教育の無償化」がありまして、保育園での対象が当初案では「認可保育園のみに限定」ということで大きな反発を食らい、最終的に「新しい経済政策パッケージ」(平成29年12月8日閣議決定)では「認可外も一部対象」ということで沈静化しました。具体的にどのように範囲を設定するのかについては有識者検討会を設置し、1月23日に初会合を行うことになっています(この有識者検討会については、早速駒崎さんが子育て世代などの当事者がいないということで噛みついておられますね「子育て当事者「排除」の有識者会議は、幼児教育無償化を語れるのか | 駒崎弘樹公式サイト:病児・障害児・小規模保育のNPOフローレンス代表」)。

 上記の記事は有識者検討会での議論を先取りするもので、この記事では保育の無償化に関する負担案を提示しています。以下のような負担割合です。

公立の認可保育所:市町村が全額負担 

私立の認可保育所:国:都道府県:市町村 = 2:2:1

 この記事の反応を見ると、ネガティブな反応の方が多いようです。特に公立の認可保育所は全額負担という点に関して「既に疲弊している市町村に負担を負わせるのではなく、全部国が責任を持って負担せよ」という声が多いように思われます。わたしが何となく釈然としなかったのは、本当にこの措置によって市町村が現状よりも疲弊することになるのかという点です。今回の保育の無償化が含まれる「新しい経済政策パッケージ」は消費税の引き上げによる財源を活用する、ということが前提にあります。そして、消費税の増税は国だけでなく都道府県、市町村の税収も潤うことになります。となれば、現状よりも疲弊するかどうかは8%から10%への消費税増税での税収増と、今回の保育の無償化での負担増との差し引き次第であるはずです。これらについて、過去に手に入れたデータを利用してある程度試算できそうだったので、今回は毎度ながらわたしが在住している中央区を例にして、負担がどの程度であるのか、そして現状よりもより市町村が著しく疲弊することになるのか試算してみることにします。

  • 試算の内容
    • 消費税増税による税収増の試算
    • 幼児教育の無償化による負担額の試算
      • 子ども1人あたりの平均保育料
      • 認可保育園(3歳児から5歳児)の無償化による負担額
      • 幼稚園の無償化による負担額
      • 幼児教育の無償化による負担額
    • 消費税増税による税収増と幼児教育の無償化による負担額の比較
  • 最後に
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東京都のベビーシッター代、月28万円補助で待機児童は解消できるか?

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 おはようございます、ほづみゆうきです。明けましておめでとうございます。このブログも1周年です。これまで過去に何度かブログを書いてきましたが、1年間継続的に書き続けられたのは初めてかも知れません。今年もどうぞよろしくお願いいたします。さて、今回はベビーシッターの話題です。最近、待機児童対策の一環として、東京都がベビーシッター代を28万円を上限に補助するという予算を次年度に計上しているというニュースがありました。

 待機児童対策としてのベビーシッターという手法は、東京23区にあって唯一待機児童ゼロを実現している千代田区の最後の手段としてすでに導入されていますが、今回は都全体として取り組むというものです(ちなみに千代田区は全額補助だが、今回の施策は一部補助)。

 世間の評判を見る限り、どちらかというとポジティブに捉えているように思われますが、実際問題として、この対策によって待機児童で困る人たちは救われるのでしょうか。今回はこのニュースについて考えてみます。

施策の概要

 まずは、今回の施策の概要を整理します。東京都の予算に関する資料があれば一番良かったのですが、都の予算のページを見ても数字の羅列しかありませんでしたので、報道の内容から拾うことにします。詳しく書かれていたのはテレ朝ニュースでした。

対象者:育休を1年間取得した後に復職し、次の4月から認可保育所を申請している保護者

対象年齢:0歳から2歳まで

対象人数:1,500人

補助内容:ベビーシッターの利用料金を月額最大28万円補助

予算規模:49億円

目的:1年間の育休を取得する保護者を増やし、人手の掛かる0歳児の保育を減らして待機児童の解消にもつなげる

引用元)育休からの復職支援に約50億円 東京都が予算案で

 

 内容は上記を読めば理解できるかと思います。対象年齢を絞っているものの、3歳からは幼稚園に移行する子どももそれなりにいるため、待機児童はほとんどいませんので特に影響はないはずです。この記事を見る限り、施策の意図としては0歳児での保育園利用をベビーシッターに転換していこうという方針なのかと読めます。

施策の感触:この施策で待機児童は解消されるのか?

 さて、次はこの施策についてのわたしの感触です。待機児童の問題に注目が集まり、対策が行われるということは非常に素晴らしいことです。とはいえ、考えるべきはこの対策で現在及び未来の待機児童は解消できるのかという点です。結論から言うと、この施策で待機児童に対しての恒久的な対策として有効とは思えません。あくまで一次的な対処という位置付けかと思います。 以下、その理由について書いていきます。

理由1:対象人数が待機児童に比べて少ない

 理由の1つ目は単純で、対象としている人数が現状の待機児童数に満たないためです。東京都が毎年4月に出している待機児童数の状況の資料(都内の保育サービスの状況|東京都)によれば、平成29年度4月時点での待機児童数は8,586人であるにもかかわらず、今回の施策の想定人数は1500人であるためです。ニーズの1/6程度であり、まったく足りません。そして、サービスの供給量が足りないということになると、希望する人たちの中で本当に必要な人は誰なのかということを公正に決定するために、現在の保育園入園と同じような熾烈なポイント競争が行われることが容易に想像されます

理由2:ベビーシッターの確保が容易ではない

 理由1では予算の話をしましたが、そもそもの問題としてベビーシッターの供給が今回想定している数(1,500名)に足りるのかという問題もあります。以下の記事は昨年11月の記事で、この時点ですでに人手不足で、争奪戦の状況にあるということです。

www.tokyo-np.co.jp 

 今回の施策による補助があれば、これまでまったく利用をしていなかった人たちが新たに一気に最大1500人も利用者として増えるということで、それだけのベビーシッターが確保できるのか疑問です。予算が足りなくなる前に、ベビーシッターの数が足りなくなるという可能性もあります。こればかりは金だけで何とかできる問題でありません。

 ベビーシッター業界としてはビジネスチャンスということで必死で供給しようとするのでしょうが、そうなるとシッターの質の低下は免れません。数年前にはベビーシッターに預けられていた子どもが亡くなるという痛ましい事故もありました。補助を出す代わりに質の保証のチェック機能を設けることは不可欠でしょう。

理由3:コストパフォーマンスが良いわけではない

 3点目としては、ベビーシッター代を補助するというのは保育サービスとして、決してコストパフォーマンスが良いものではなく、今後の持続可能性に疑問があるという点です。過去に調べたのですが、ベビーシッターサービスの最大手であるポピンズの費用は1時間あたりスタンダードで2,500円。諸費用はとりあえず無視するにしても一般的な9時から17時で利用すると1日で17,500円。単純に月に20日と考えると35万円。フルタイムで働いている家庭であれば、だいたいこの程度の金額が通常は必要です。

引用元)エリアと料金表(首都圏・東海エリア・関西エリア)|ナニーサービス|ポピンズ

 

 この金額に対して、最大月額28万円(年額336万円)を補助するというのが今回の施策です。それでは、限られた予算の中で効率的に希望者に対して保育サービスを提供していくという観点から、今回の施策が望ましいのでしょうか。

 都市圏において保育園を新たに作るコストは高いので、これと比較すればベビーシッターの方が合理的であるという意見はあります。特に、0歳児は保育園で預かる費用が上の年齢よりも高いという話はそれなりに有名な話かと思います。以下の表は杉並区の平成28年度の行政コスト計算書で、この表では0歳児にかかるコストは年間374万円で突出して高い金額となっています(5歳児では189万円、0歳から5歳の平均では236万円)。

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引用元)事業別行政コスト計算書 平成28年度

 

 この2つの数字だけを見れば、0歳児であれば、ベビーシッター代を補助した方がむしろ安上がりということになります。

 しかし、忘れてならないのは保育サービスは何も保育園だけではない点です。たとえば、上の表にも「保育園」の他に「保育室」という覧があります。これは杉並区が待機児童解消のために整備した認可外の保育施設で、保育園よりも小規模な施設における保育サービスであるようです(詳細は以下リンクをご覧ください)。 

杉並区保育室|杉並区公式ホームページ

 

 この場合の費用は0歳児でも179万円で、保育園のコストの半額以下です。これはあくまで一例で、保育サービスには保育園以外にも小規模保育事業(フローレンスの「おうち保育園」が有名ですね)や保育ママなどいくつかの選択肢があります。これらのコストがどの程度かについての情報は見つかりませんでしたが、小規模保育事業は杉並区の保育室事業と仕組みが似ているので同等程度と思われます。保育ママは(中央区の事例が全国でも同じであると仮定すると)保育者1人に対して3人の子どもまで預かってもらうので、1対1であるベビーシッターに比べればコストパフォーマンスが優れるのはおそらく確実です。行政コストの観点だけでなく、実質負担額が7万円程度ということを考えると実質的に利用者が支払う額としてもこれらのサービスの方が低コストです*1

 これまで何度も保育園関係のネタを書いてきているわたしではありますが、とはいえこの分野に対しては採算度外視で何でもかんでも予算を増やすべきとは思いません。重要性は十分に理解するにしても、その支出が無制限に肯定されるわけではありません。同じことをやるのであればより安価に、同じ予算を支出するのであればより効果的なことを行うことを行うというのは当然です。この意味で、今回のベビーシッターに補助を行うというのは決してコストパフォーマンスが良い選択肢であるとは思えず、上記に挙げた保育サービスが充実するまでの繋ぎとして位置付けられるべきものと考えます。

まとめ:保育サービスは今後どうあるべきか?

 上記に書いたとおり、今回の施策はこれまで何の手当もされなかった待機児童たちへの措置で、それ自体は望ましいことであると思います。しかし、サービスの供給量が需要を確実に下回ることが想定されるため、この施策によって待機児童の問題が解消するということはありません。足りなければ単純に増やせば良いという話になりますが、、ベビーシッターの供給量が潤沢とは思えないため、こちらがボトルネックとなって想定していた1,500の家庭が救われるとも思えないというのがわたしの感触です。

 さらに、決してコストパフォーマンスに優れる施策ではないので、今後の持続可能性にも疑念が残ります。あくまで一時対処として位置付け、この間に低コストで十分な質を保った保育サービスを充実させていくべきではないかとわたしは考えます。 

最後に

 今回は東京都のベビーシッター代の補助について、調べてみました。決して完璧な施策であるとは思えないというのが感想ですが、着実に待機児童の問題に世間の注目が集まっているというのは良いことであると思います。近い将来、このような問題があったことを過去のこととして笑える日が来ることを期待しています。

 

みえるとか  みえないとか

みえるとか みえないとか

 

 

*1:

 以下のグラフは中央区の認可保育園、認証保育園、認可外保育園のそれぞれの1人あたりの保育料を比較したものです。中央区の場合、認可保育園であれば保護者が支払っている保育料は1.8万円程度。他の自治体の扱いは調べていませんが、中央区では保育ママも小規模保育事業も保育料はこの認可保育園と同じなので、7万円からすれば圧倒的に低コストです。

 引用元)「保育の無償化」に必要な予算と、その予算で他に何ができるのか中央区のデータで試算してみました。 - 東京の中央区で、子育てしながら行政について考えるブログ

 ちなみに余談ですが、認可外保育園の平均は10万を超えており、この金額を考えれば自己負担額が月額7万円でベビーシッターを利用できるというのは破格です。むしろ、今まで認可外に通わせざるを得なかった層が今回の施策によってベビーシッターになだれ込むことすら考えられます。このようなモラルハザードが起こらないよう、全ての保育園を希望したにもかかわらずどこにも入れなかった人限定にする、自己負担額は認可外保育園での保育料以上程度に設定する、といった対策が必要でしょう。 

東京23区民として、ふるさと納税の全自治体の収支状況から今後のあり方について考える。

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 年の瀬ですね。ほづみゆうきです。昨年は年末も仕事が詰まっていたので正月どころではなかったのですが、今年は落ち着いた年末年始を過ごすことができそうです。年末と言えばふるさと納税、というのはわたしだけでしょうか。おおよその年収が分かるのがこのタイミングという点もありますが、申し込むことのできる最終的な締め切りが年末であるという点もあるのでしょう。数年前から、税金の一部をふるさと納税として他の自治体に納めており、肉や野菜など地方の産物を楽しんでいます。

 このふるさと納税制度、一人の住民としては何に使われるのか分からない税金を他の自治体に支払うことでお得に美味しいものを手に入れることができる仕組みではありますが、社会全体としては必ずしもそうではありません。東京などの都市圏ではふるさと納税により税収が大きく減っているということで、総務省に対して是正の要望が出されています。そして、この要望を受けてか、総務省は大臣の通知として今年の4月には各自治体に対して「返礼品の上限を寄付額の3割以下」にする旨の通知が発出されました。

 このような動きの背景にあるのはふるさと納税の規模の急拡大です。返礼品の金額の割合を下げるにしても、おそらく今後も拡大していくことは間違いないでしょう。そして、そうなった場合には都市圏での税収減は無視できない規模にまで拡大していき、行政サービスにまで影響を及ぼしていく可能性もあります。東京23区に住む者として、このふるさと納税制度とどのように付き合っていくべきかについて今回は考えてみたいと思います。

  • ふるさと納税の収支についての現状把握
    • 自治体間での収支状況はどうなっているのか
    • 収支の上位と下位10位の状況
    • 歳入全体のうちでの割合はどの程度なのか
      • 平成27年度(2015年度)のふるさと納税の歳入総額に占める割合がプラスの自治体上位10位
      • 平成27年度(2015年度)のふるさと納税の歳入総額に占める割合がマイナスの自治体上位10位
    • 中央区での状況はどうか
  • ふるさと納税による税収減への都市圏自治体の対応
  • 最後に
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