わたしがWebサイトやポスター、ビラなどを自前で作成している理由と、今後の選挙のあり方について

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 おはようございます、ほづみゆうきです。Twitterfacebookでは、ポスターだったりビラだったり色々な準備に関してのつぶやきをしているところですが、ブログを書くのは久々です。ネット選挙などと豪語しておりながら、この体たらくでは駄目ですね。ようやく作業にも終わりが見えてきたので、こちらのブログにも久々に書いておこうと思います(終わってないんですが)。

 今回書くのは、今まさにやっているこれらの準備に関しての説明というか釈明です。そんな作業は外注してさっさと終わらせて、有権者の人たちともっと接点を持った方が良いというのはこれまでの選挙の常識であるかと思います。それをあえて行わないのは、一応わたしなりの理由があるので、その点について書いておきます。

 

何を自分でやっているか

 なぜあれこれ自前でやっているのかという点について書く前に何を自分でやっているのかについて示しておきます。

・Webサイトの構築

・名刺のデザイン

・ビラのデザイン

・ポスターのデザイン

選挙公報のデザイン

・ボランティアスタッフ用Tシャツのデザイン

・タスキのデザイン

 これらについて、illustratorだったり(ちょっとサボって)Powerpointだったりを駆使して、ほぼゼロからガシガシ作っています。 反対に自分でやってないことというと、写真の撮影くらいでしょうか。これはさすがに自分で撮るわけにも行かないためです。写真もそれなりに過去やっていて、そこそこのカメラもあるので自撮りも考えましたが。

なぜ自分でやっているのか?

 なぜ、わたしがこれらの作業を自前でやっているのか。その理由は大きくは2点です。

非常に高いコストがかかるため

自分のコストを抑える

 1点目には、コストを抑えるためです。先日の区政にチャレンジする旨を報告した記事で「ほぼゼロ円選挙」を活動方針として掲げておりました*1。その意味は、金銭的な面での負担が政治家を目指すにあたっての大きな障壁であり、あまり大掛かりに金を掛けない選挙のあり方を模索したいと考えているためです。市議会議員選挙の場合の選挙に掛かる費用は300万円だそうです(と手持ちの選挙対策本には書いてありました)。この一般的な費用の内訳の中で、例えばWebサイト構築の費用は「30万円」とありました。わたしの場合、サーバのレンタル代で7000円くらい(初期費用と3ヶ月単位での利用料)です。WebサイトはWordpressで構築してこれ自体はフリーで、ただし有料のWordpressのテーマを購入したのでその費用で6000円くらい。実際の構築はわたし自身で行ったので費用はゼロ。ということで、1.3万円です。1/20以下です。

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公費負担のコストを抑える

 コストを抑えるというのは自分で支払う必要のあるコストを抑えるという意味だけではありません。選挙にかかる費用では、公費負担、つまり税金でかかった費用を払ってくれる仕組みがあり、これらの制作物の作成コストを抑えるということは、その公費負担にかかる税金も抑えられるという意味もあります

 公費負担の対象は例えばポスターです。まだ発注できていないのですが(早くしろよ)、今見ている範囲で超急ぎ(3営業日発送)で発注をしたにしても200枚で73,000円程度です*2。一方で、発注できる金額の上限は何と39万円。これは157枚(中央区でのポスター掲示場の数)での数字なので、単価で言うと2503円。これをさっきのプリントパックと比較するとこんな感じです。こちらは1/10以下のコストで済みそうです。

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 余談ながら、選挙カーの費用も公費負担の対象です。ずいぶんと手厚い補助が出ます。選挙カー自体のレンタル費用だけでなく、燃料、運転手雇用の費用まで補助されることになっています。車の借り入れの場合の費用補助はこんな感じです。合計でだいたい25万円ほど

選挙カーのレンタル費用

1日の限度額 15,800円(7日で110,600円)

・ガソリン代

1日の限度額 7,560円(7日で52,920円)

・運転手の雇用

1日の限度額 12,500円(7日で87,500円)

 あの車は騒音を撒き散らし迷惑であるだけでなく、税金も食い潰すという悪の権化のような存在なのです。すでに宣言しているとおり、わたしは選挙カーは使いません。いかに選挙活動で実質的に有効であるにしても、このようなものを使うというのは品性を疑うレベルだとわたしは考えます

発信力も当人の能力の一つと考えるため

 2点目に、Webサイトなり印刷物なりを自前で作成して発信を行っていくことも政治家としての能力の一つであろうと考えるためです。お住まいの地域の政治家の方のWebサイトを見てみてください(選挙前の場合にはまた更新し始めている頃ですので、過去のアーカイブを見てみるのが一番良いです*3)。

 具体例に挙げると怒られそうなので止めておきますが、見た目はきっちり作り込まれていても、前回の選挙以降ほとんど更新されていないWebサイトはザラにあります。また、サイト上に「区政レポート」のような形で議会などでの活動報告を公開している方もいますが、選挙前のきらびやかなビラなどとはまったく異なる、見づらい文字だらけの内容だったりします(とはいえ、活動報告を出しているだけマシで、大半はそれすらないのですが)。そして、数少ない更新されているコンテンツと言えば、TwitterfacebookなどのSNSだけで、その中身も「◯◯◯に行きました」「△△△さんと会いました」といったチラシの裏に書いてろと言いたくなるような何の価値もない内容だったりします。

 このような政治家が大量に生まれている理由は明確で、これらの人が「自分たちで発信するスキルを持っていないため」です。選挙に向けての活動ではWebサイトだったりポスターやビラなどの印刷物を外注して作成するので多少見栄えのするものができるものの、それらの作成を自身では行えないことから著しく選挙後の発信力が落ちてしまうのでしょう。一方で、これらを全て自前で作成できるような能力があれば、選挙のあるなしにかかわらず、同等レベルでの発信を行うことが可能でしょう。

 たとえば国会議員であれば秘書を複数名雇用することができるので、議員と秘書のチームの中である程度作業を分担することは可能でしょうが、地方議員の場合にはそういったサポートしてもらえる仕組みはありません。つまり、政治家になれば自分の能力で活動していく必要があります。 となったときに、自身での発信スキルが十分でない方が、その後に十分な活動ができるのかというと極めて怪しいのではないかと思います。その具体例は全国に、中央区にもゴロゴロしています。

 

 この問題は各種政策物の外注の話にとどまりません。たとえばどこかの政党に所属するということも、候補者当人の能力を過大に見せてしまうという点ではまったく同じです。選挙という場面においてはそれが有効であるのは事実なのでしょうが、先ほどの外注の話と同様に、いざ当選して政治家となったときにその人が一人の政治家として本当に十分な能力を持っているのかという点を見えにくくしているのではないでしょうか。ぜひこういった観点でも候補者を吟味していただきたいと思います。

終わりに

 今回はWebサイトや印刷物をできる限り自前で作成している理由について書いてきました。この記事を書きながら、ある福沢諭吉の言葉を思い出しました(ちなみにわたしの過去の匿名ninofkuの「fku」は福沢諭吉から来ています。「nino」は二宮尊徳)。

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人を恐る。
人を恐るる者は必ず人に諛ふものなり。常に人を恐れ人に諛ふ者は次第にこれに慣れ、其面の皮鉄の如くなりて、恥づ可きも恥じぢず、論ず可きを論せず、人をさへ見れば唯腰を屈するのみ。
所謂習、性と為るとは此事にて、慣れたることは容易に改め難きものなり。

<ざっくり訳>

独立する気のない人は、必ず他人に依存する。  
他人に依存する人は、常に他人を気にする。
他人を気にする人は、他人におべっかをつかう。
そうして他人を気にしておべっかを使う人は、いつの間にかそれが習性となって、それが恥ずかしいという感覚もなくなり、言うべきこともいえず、人に会えばひたすら低姿勢であるのみとなってしまう。
習性とはこのようにできあがり、いったんこうなってしまうと簡単には直せない。

  これはわりとわたしの中でコアな部分の考え方で、何かに依存していては、言うべきことも言えなくなって卑屈な人間になってしまうということです。もっとも、誰にも一切頼らないというわけではありません。自分で主導権を取ることができる状態にあるという点が重要なのだと思っています。これらの制作にあたっては、信頼のおける方々と連絡を密に取りながら、戦略を練っているところです(本当にありがとございます!)。

 今の選挙の仕組みや慣習に問題はありつつも、選挙で勝たなければ意味がないのだからそれは必要悪であるという意見もあるでしょう。そして、多くの候補者の方はこのような葛藤を抱えつつも、活動をされているのだと思います。しかし、やはり疑問であるのは、選挙の慣習を当たり前に受け入れていて、そんな人が政治を変えられるのでしょうか。選挙の慣習を仕方なしに受け入れてしまう人は、いざ当選したら同じように政治の慣習をこれまた仕方なしに受け入れて、その結果としてありきたりな政治家になってしまうのではないでしょうか。政治家になることがゴールではありません。それなしに選ばれない人は、本来的に選ばれるべきでない人なのではないというくらいの思い切りが必要なのではないでしょうか。

 4月で「平成」が終わり、5月からは「令和」という新しい時代が始まります。いつまでこんな古めかしいな選挙を続けるのでしょうか?以前の記事にも書きましたが、わたしがチャレンジするきっかけの一つとして、今の選挙への疑問があります。選挙を変えれば政治家が変わります。政治家が変われば日本が変わります。新しい時代を迎えるこのタイミングは、その良いきっかけではないでしょうか。

 

 と、勇ましいことを言ったところではあるのですが、現状のわたしの体制が十分かと言うともちろんそんなことはありません。政党のようなバックアップする組織がない分、皆さんの支援が必要なのです。わたしの活動に関心を持たれた方は、ぜひ以下フォームからサポーター登録をお待ちしています(メールアドレスだけの簡単なフォームを作りました!)。

docs.google.com

 もっとガッツリ手伝ってやるぜ!という方は、こちらのボランティア登録用のフォームで登録をお願いいたします。

docs.google.com

*1:こちらの記事です。 

ninofku.hatenablog.com

 

*2:プリントパックで調べました。

https://www.printpac.co.jp/contents/pricepages/senkyo_poster_2_ut110b.html

*3:過去のWebサイトでどういった情報を公開していたのかを見るためにはこちらをご覧ください。

【インターネットアーカイブ】サイトの過去を調べる方法について | キーワードファインダー

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